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何を考えているかわからないと思っていた男が、突然に内面を曝け出してぶつかってきた。
そのことに驚いて、カカシは感情を引き摺られた。
イルカに心を乱された。
自分を繕う事もせず内面を吐露する人間をカカシは突き放す事が出来なかった。
突き放す事は出来ない。
それではこの先、手を差し伸べてその人間の全てを背負う覚悟はあるのか。
里長はその覚悟の有無をカカシに尋ねた。
それは裏を返せば、半端な想いでイルカに近づくなという警告ではないのか。
「愛されてるじゃないの・・・・」
気付けばカカシはイルカの事ばかり考えている。
そのイルカはカカシの視線の先で弾けんばかりの笑顔を見せて生徒達と戯れている。
イルカはカカシに気付くと、真っ直ぐにカカシに視線を返し小さく微笑んだ。
明るい日差しのような笑顔とは明らかに種類の違う、憂いを含む微笑は注意深く生徒達の目から隠される。
「話がしたいんだけど」
イルカは静かに頷いた。
夜もだいぶ更けてからイルカはカカシの部屋を訪れた。
相変らず殺風景な部屋にカカシはイルカを招き入れる。
「・・・・身体、もう大丈夫?」
「ええ」
薄く笑ってイルカは答えた。
「こうして、改まって話をするのは初めてだね」
「そうですね」
必要最低限の家具しかない居間にイルカを通して、何か無いかと台所を漁ったが封を切った酒瓶があるだけだった。
カカシは酒をコップに注ぎイルカに手渡した。
世間話をする仲でもない。
カカシは単刀直入に切り出した。
「三代目に聞いても埒があかないし。けど、話を聞いたからって、あんたの全てを背負う覚悟なんか無いよ。でも、俺は何故あんたがあんな事をしたのか、聞く権利はあるよね」
子供達には決して見せない、憂いを含む笑みを再びイルカは浮かべる。
「俺は罰せられなければならない咎人です。でも、不当に恩赦を与えられている」
「あのさ・・・分かりやすく言ってくんない?」
「俺は任務とは関わり無く民間人を殺めたんです」
さらりと、事も無げにイルカは言った。
不覚にもカカシの手は宙で揺れて動揺を示した。
手元が酒に濡れて、甘い芳香を放ち始める。
イルカは忍だ。任務で人を殺めた事は過去に何度もあるだろう。
しかし、私情で、忍ではない民間人を?
「ほら、場数を踏んだあなたでさえ胸が悪くなるような話でしょう?」
カカシの僅かに見せた動揺にイルカは苦笑を口元に浮かべた。
「・・・何か、訳があるんでしょ」
ここ数日で意外な側面を数々イルカに見せ付けられているが、それでもカカシはイルカという人間は温厚な、情が厚い、誰からも好かれる人間だというイメージを払拭しきれないでいた。
しかし、カカシの言葉にみるみるとイルカの顔は歪む。
その言葉に傷付いたといわんばかりに。
「訳ですって・・・・?」
良く通る気持ちの良いイルカの声は震えて、ひび割れた。
「俺は我が身可愛さに人を殺した。俺は咄嗟に自分の身を守った・・・。俺があのまま死ねばよかったのに。でも、身体が勝手に動いてしまったっ・・・・!」
イルカの膝の上に置かれた手の甲はぶるぶると震え、血の気が引いている。
突然激情に囚われたイルカにカカシは目を見張った。
昼間の誰からも好かれているイルカとは、目の前のイルカは大きくかけ離れている。
イルカの肩は大きく上下しており、必死に感情を落ち着かせようとしているのが分かる。
少し躊躇してから、カカシはイルカの肩に手を置いた。
そのまま宥めるようにカカシはイルカの肩から二の腕にかけて何度も撫で下ろした。
少しずつ上下する肩の動きが小さくなる。
「・・・何が、あったの」
項垂れていたイルカが顔を上げる。
カカシに向けられた瞳は酷く思い詰めていた。
「俺は、里内で民間人を殺した。これだけが事実です」
辛抱強く聞き出そうとしても言いたい事しかイルカは言わないつもりらしい。
そのくせ物言いたげに自分を見る。
カカシの苛立ちは突然爆発した。
「あんたはいったい、どうしたいんだ?!俺に何かして欲しいのか?生憎言ってくれなきゃ俺はあんたの考えなんかわかんないね。何か俺に期待しているなら迷惑だ。他をあたってくれ!」
カカシが言い放つと同時にカカシの視界を鮮やかな赤が占領した。
スローモーションのようにゆっくりと赤い珠が噴き出す勢いのまま弧を描き、それはカカシのベストに叩きつけられ歪な文様を描いた。
イルカがクナイを自分の上腕内側に突き刺し、真横に引いた。
「あんた正気か!!」
室内にカカシの怒号が響く。
まだ反対側の腕の傷も癒えてはいないというのに。
イルカの両腕に、まるで対になるかのように傷が刻まれた。
イルカの腕の付け根をカカシは思い切り締め上げる。
それでも血は塞き止められる事なくパタパタと床に滴り落ちた。
「くそっ!何だってんだよ!!」
「あなたが、傷つく事は無い。だから・・・俺が・・・・」
何を言っている?
だから代わりに傷ついてやろうとでも?
ここ数日で大量の血が失われて、現に今もどんどんと血液が失われつつある。
急激な貧血に襲われて、イルカの意識は途切れがちになり首を揺らす。
カカシはイルカを乱暴に肩に担ぎ上げると憤怒の形相で再び救急病棟に舞い戻った。
「話してもらいましょうか」
苛立ちを隠す事なく目の前に立つカカシに火影は一瞥をくれると、細くゆっくりと鉛管から吸い上げた煙を吐き出した。
「何を知りたいのかの」
「あんたが大切にしている中忍の事ですよ!あの情緒不安定さはなんなんですか?俺は否応無しに巻き込まれて迷惑してるんです。訳を話してもらえないんならご自分で中忍一人くらい面倒見てくださいよ!!」
イルカの行為はまるで精神を病んでいるとしか思えない。
でもそれなら、自分だって同じだ。
痛覚を感じる事によって、辛うじて精神の均衡を保っているのだから。
自傷行為は何らかの心の問題を抱えているからだと自覚している。
しかし、自分は上手くやれていると思う。
誰に迷惑をかけるでもなく。
自分一人が苦しんでいると思ったら大間違いだ。
人に甘えるのもいい加減にしろ。
カカシの憤りは昨日イルカを病院に担ぎ込んでから日付が変わっても収まらなかった。
「本人には何か聞いてみたか」
「・・・・人を、殺めたと」
民間人を殺したとイルカは言った。
任務外で、しかも一般人を殺めたとなれば大事だ。
それがどれくらい前の話かは知らないが、その事が事実なら戒めのためにもイルカは大体的に処罰を受けているはずだ。
里外のカカシの耳にも届くほどに。
大罪を犯した者として処刑されてもおかしくない。
処刑を免れたとしても、その後、アカデミーの教師などを続けていられる訳が無い。
「本当なんですか」
「うむ」
火影の答えは簡潔だった。
「お前とイルカは似ておる。イルカにとってお前が毒となるか薬となるかは、わからんがな・・・・・」
火影は自分達が似ていると言う。
出会った当初はイルカは自分とは正反対に位置する人間だと思っていた。
しかし本当は、イルカは自分よりももっと深い闇を抱えているのではないか。
淡々と火影は語りだした。